大文字山の地学(1999.10.9)
秋の連休の初日,鉱物採集に行ってきました。今回も「益富地学会館」主催のイベントです。場所は大文字山です。数年前は大文字山から大津に抜けながら,途中で採取・観察をしましたが,今回は大文字山周回です。大文字山は火送りで有名ですが,ふだんは市民の人気ハイキングコースとなっているようです。
10時集合で,近くの公園で本日の概要の説明です。本日のコースの見所は,堆積岩帯に花崗岩が貫入し,その接触部のホルンフェルス化です。具体的には半花崗岩,花崗班岩,煌班岩などの岩脈です。とはいっても,それがどんな岩石なのかは不明です。
説明を聞いた後,鹿ケ谷への急坂を登りながら早速岩石の観察です。この辺りのお屋敷は昔からあり,その石垣には付近の谷の転石を使っているとのこと。そんな中から第一鉱物発見!「桜石」発見!それほど見事なものではありませんが,それでもはっきりと「桜石」とわかります。石垣に桜石を使っているなんて,贅沢というか,無知というか。しかもその石垣にハンマーを当てようとしている人が見えたのは,見間違えだったのでしょうか。「この辺りの石垣を調べるともっと他の物が見つかるんじゃないか」「そのためにはこの辺りの土地を買わなアカンなぁ」などと冗談とも本気ともとれる会話が飛び交っています。と,道路を見ると,舗装の脇に地面が出ています。すでに「採石モード」に入っている人たちはそれを見逃しません。先ほどの桜石ほどではありませんが,桜石であることは確かです。もうすでにハンマーやたがねが用意され,カンカンカン。こんな住宅地で鉱物採集とは驚きです。住人が目撃すると,110番しそうです。急いでその場を立ち去り○○温泉の駐車場で全員集合です。これからは山道です。
(1)転石から煌班岩・花崗班岩などの採集
5mほどの範囲でこれらの石が転がっています。ふだん山道で見ても,ただの石っころとしか思えません。その他だの石っころが採集の対象となるのですから,採集会はスバラシイ!しばらくするとツクツクホウシの鳴き声。まだ夏かいな。暑いはずだわ。
(2)頁岩・粘板岩露頭の見学と岩石採集
頁岩は,本を横から見たときのように1ページずつめくれそうな感じの岩という意味だそうです。そしてその頁岩がさらに変成を受けた粘板岩は千枚岩に変化しています。手でめくると,雲母のように簡単にはがれます。これが岩なんて,なんだか不思議です。
(3)頁岩・チャートなどの堆積岩がホルンフェルス化していく過程を露頭で観察
(4)楼門の滝の岩石は?滝ができた理由
滝周辺はチャートです。ということは,それより下流はやわらかい堆積岩なので水の作用でくずれるが,硬いチャートは残り,段差がついてしまったということだそうです。ということは,この辺りが地質の変わり目です。ということは,滝があるところは地質の変わり目ということ?な〜るほど,勉強になります。しかもここのチャートは縦に層をなしているので,かなりの褶曲作用を受けたということになります。またまた,な〜るほど!しかし,こんな京都の街近くにこんな滝があったなんて,知らなかったなぁ。
(5)「俊寛の碑」の岩石は?
大きな岩でできた「俊寛の碑」は,これまたチャートでできています。しかも層も明確です。この碑の下には別の石板があり,それには何やら訳のわからない漢文が書かれています。それにしても,こんな大きな碑や石板はどうやったのでしょう。碑の方は,石質から考えてもこの付近で取れた岩を使ったものと見られます。でも,起こすのはどうやったのでしょう。人力でやっていると,起こしすぎると前に倒れてきて危険です。きっと大変だったんでしょう。でもその苦労もボクにはまったく無力です。だいたい「俊寛」って,誰やねん?謎は深まります。
(6)大きな層状チャートの転石を観察
先ほどから現れている層状チャートですが,その巨大な岩が道の脇に転がっています。しかもそのてっぺんには木が生えています。それほど土があるわけでもないのですが,しっかり岩に生えていました。スゴイ生命力です。こんなふうに,のんびりと山を歩くというのもたまにはいいものです。でも自転車が乗れそうなところにくると,つい「気持ちイイやろうなぁ〜」と思ってしまいます。困ったものです。
(7)大文字山の「大の字」から京都盆地を観察しましょう
三角点のある大文字山から少し下りたところに「大の字」があります。人気のスポットということで,たくさんのハイカーでにぎわっていました。でもゴミはありません。聞くところによると,保存会の人たちが毎朝掃除をしているとか。これじゃあ,ゴミなんて捨てられません。西(正面)には,愛宕山がそびえています。右(北)に目をやると,北山の山々が見えます。でも不思議なことに京都府下には1000m以上の山がないとか。こういうのって,全国でも京都府と佐賀県だけなんだそうです。盆地の真中には賀茂川が流れています。その賀茂川の西には木々に囲まれた御所,その手前には吉田山,右手には植物園の緑があります。もちろん,街中の建物もはっきりと見えます。でも全体的に建物が低くおさえられているので,盆地全体が落ち着いた感じです。やっぱり京都はいいねぇ。
(8)千人塚付近で山道を横切る岩脈の観察,どうしてこのような岩脈が出来たのでしょう
大文字山からの下山道の途中にありますが,言われなければ気づかないようなわずかな岩脈です。幅3mぐらいです。その辺りは,(1)のポイントと同じように,花崗班岩などが見られ,ホルンフェルス化の接触部なのでしょう。この辺りから道は白っぽくなり,周りの岩は花崗岩質になっています。見事に石質が変わっています。納得です。ああ,地学会は勉強になりますなぁ。
(9)太閤岩で花崗岩の採集,褐簾石を探してみよう
下山途中から谷に下りると石切り場があります。といっても,こんな所を知っている人は,大文字山をテリトリーにしているハイカーでもそういないでしょう。ここは今までとはまったく違って,花崗岩です。しかし,かなり昔のもので,風化している花崗岩も多く見られました。その花崗岩の中から褐簾石を探そうというのが,ここでの課題です。ちなみに,ここの花崗岩から日本初の褐簾石が発見されたそうです。ちなみに『標準原色図鑑岩石鉱物』には「京都大文字山産の褐簾石が載っています。そういう由緒正しい?石切り場での褐簾石の採集ですが,これまた手強い。風化していない硬い花崗岩の中にあるということですが,ということはその硬い岩をたたきこわさなきゃいけないということです。最後にきて,この試練。鉱物の道はキビシイ!でも,ここで思いっきりハンマーが振れるということで,喜んでいる人もいたかもしれません。昼なお薄暗い谷間にカーン!カーン!カーン!というハンマーの音が響きます。それを山道から聞いていたハイカーは「何や?石屋がおるんか?」うん,まぁ,石屋みたいなもんかなぁ。しかし,たたけどたたけど褐簾石は見えず。先生からもらった石には褐簾石が鉛筆の芯のように輝いています。お見事!
今回は,案内の文に(1)〜(9)の課題が書いてあり,目的意識をもって歩くことができてよかったです。前回の箕面のように,調査結果を一気に紹介するのもわかりやすくていいのですが。それにしても,指導の藤原先生はじめ諸先生の鉱物に対する見識の深さと愛情は,感動的ですらあります。考えてみると,益富地学会館自体が鉱物好きの人が運営している会館です。会館から給料をもらって,働いている人はないんじゃないかな。でもそういうアマチュアの集まりだからこそ,こんな会が持てるのかもしれません。益富先生亡き後も,地学会館は益富先生の精神を受け継いでいるという感じです。