第16回京都ショー 石ふしぎ大発見展(2004.10.9)
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今年も秋恒例の石ふしぎ大発見展に行ってきました。今回は時間がなかったので,展示はほとんど見れず,講演を聞きにいったという感じです。でも,鉱物関係の講演って,こんな機会にしか聞けないので,それだけで京都に行く価値はあります。
今回も地質に路傍の石とふだん耳にすることのできない観点からの地学の講演で,興味深く聞きました。
それにしても,京都って,どうしてこうも地学ネタが豊富なんでしょうねぇ。しかも,その地学ネタを見つける人が多い。さすがは地学会館=地学のメッカのある土地です。
講演 京都南部 井手・山城丘陵の地質 池田俊夫
(概要)
京都の南,木津川東岸の井手丘陵および山城丘陵に分布する礫(石ころ),砂,粘土を主とした地層は,約150万年〜259万年前にできた大きな沼(湖といってもいいでしょうか)にたまった淡水成の堆積物で,新生代第三紀末の鮮新統〜第四紀はじめの更新統と呼ばれる地層です。
つい最近までこの井手,山城丘陵の地質には,まわりの地質(田辺丘陵や京阪奈丘陵,城陽丘陵の地質など)と比べたり,つないだりするのに有効な決め手となる地層(鍵層といいます)が無く,本当にどうしようもない地質の未調査地域のひとつでした。
3年ほど前の平成13年11月に,私は偶然にも井手丘陵の橘諸兄公旧跡前の崖で「井手火山灰層」を発見しました。このことによりこの井手丘陵の地質の広がりや重なり方,地質の構造や地層の堆積した年代など,また周りの各地質との比較,検討が行えるようになりました。そして井手丘陵の地質の全体像を明らかにすることもできるようになってきました。その上このことから南山城地域の過去150万年〜250万年ほどの前の自然のようすを明らかにする手がかりが得られたのでした。
また,この井手火山灰層灰で丘陵全域で18ヶ所にわたって崖(露頭といいます)で見つけることができました。そしてその年代の古さ1.5±0.2Ma〜1.8±0.2Ma(単位 百万年)です。〔(株)京都フィッショントラック測定〕。
どれくらい昔のことなのか,少し考えてみてください。
このように地質の重なり方や地層を比べてみる基準としての鍵層の役目を果たす火山灰層の発見が,この井手丘陵の地質の解明にとても大きな役割をしてきたことがわかっていただけるものと思います。
さらに井手丘陵のおよそ1kmほど南に位置する南北約2km,東西約1kmの山城丘陵には,井手火山灰層よりもおよそ50万年ほど古い2.2±0.2Ma(単位 百万年)という年代を示す「山城(T)火山灰層」をはじめ,その上下にあわせて3層の未発見の火山灰層を見つけました。
この山城丘陵一帯に広くつながる火山灰層からやはり地層の重なり方の順序と広がり,地質構造や特性がよくわかるようになって,今まで全くと言っていいほどの地質の空白部が明らかになってきました。
しかし,まだよくわからないところもたくさんあります。とりわけこの丘陵の高度100m前後に広く分布している礫層は,含まれている礫が大きくて(人の頭ほどの大きさ)丸く(円磨度が大きい)種類も豊富です。そして特に火山性の酸性岩類を含んでいるという特徴があります。この礫はいったいどこが生まれ故郷で,どのような道すじを通ってこの山城丘陵にやってきたのでしょうか。
調査研究はまだ途中で,今後解決しなければならないことが山積しています。
私はこれからもさらにもっともっと元気を出して力をふりしぼり,多くの方々のご指導とご助力をいただいて難問解決に立ち向かっていこうと思っています。
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井手丘陵の地質調査から得た成果と今後の課題
1.井手(T)火山灰層(広域テフラ)の発見により
・井手丘陵の地質の層序が確立できた。
・井手丘陵の地質の広がりが明確になった。
・1.5±0.2〜1.8±0.2Ma(百万年)のFT年代が確定した。
2.礫層の礫種構成調査から
・チャート,石英の礫が圧倒的に多い(75〜95%程度)という特徴がわかった。
・円礫〜亜円礫で丸さが非常に大きい(円磨度が大である)ことがわかった。
3.砂層の斜交葉理による測定から,堆積時の古水流の方向が南向き(現在の木津川の流れとは逆向き)であることがわかった。
4.化石の発掘は植物材化石(樹幹,樹枝が多い)だけであるが,過去に材田川粘土層下部(T−6露頭地点)よりシリブトヒシ産出の報告(井手町史シリーズ第1集,井手町の自然と遺跡,p.24〜26)がある。当時は海水の混ざらない淡水成の大きな水溜り(湖といってもよい)があり,やや温暖な気候であったことが想像される。
5.本調査から,井手丘陵の地質の実態の全体像が明らかにすることができた。
6.課題として,本調査域周辺の地質との対比,検討が必要である.
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山城丘陵の地質調査から得た成果と今後の課題
1.山城丘陵には,「200万年前〜300万年前の古大阪層群相当層がある」という事実が明らかになった。
2.年代を決定付ける火山灰層を3層発見した。
特に山城(T)火山灰層はFT年代2.2±0.2Ma(百万年)で山城丘陵全体に広く分布していて,野外観察の特徴としてのGユニットが目立ち連続性がよくつながる。
3.砂層の斜交葉理による測定から,堆積時の古水流の方向が南向きであることがわかった。
4.高度100m前後に分布している礫層は,礫の大きさは人頭大でほとんど円礫〜亜円礫である。礫の構成比は,30〜50%前後で基質は花崗岩質砂である。礫種はチャート,砂岩,頁岩(たいていは風化している),ホルンフェルス,花崗岩,半花崗岩,花崗片麻岩である。特に酸性火山岩類の流紋岩が特徴的に含まれている(?)。この礫の供給源を探ることが今後の大きな課題である。
京都ろぼうの石 九九選 その2 横山卓雄
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臍石
中京区六角通烏丸東入る頂法寺内
岩石種は京都に多い花崗岩である。北白川の花崗岩よりやや粗粒である。岩体の粗粒部なのだろうか。それとも産地は別なのだろうか。周辺に埋められているのは,硅質頁岩である。
歯神ノ社寛算石
南区油小路通東寺通下ル二筋目西入ル西条蔵王町
実は隕石だとの説がある。それは真実ではない。
岩神さん
上京区上立売通浄福寺東入ル
岩石種は苦灰岩系の石灰岩であろう。神さまなので,欠いてサンプリングするわけにはいかないので,肉眼鑑定だが,風化したところは赤い土となっていて,炭酸カルシウムの風化特有の様相を呈している。
基本的には圧砕された岩石が固化したもののようで,径10cm以下の母岩と破砕して囲った部分が混然と交わった構造をしている。
京都の周辺の石灰岩の中で見たこともないがどこの石であろうか。私の経験不足かも知れない。
(注)写真鑑定の結果,チャートであることが判明。
登天石(とうてんいし)
上京区堀川通鞍馬口下ル水火天満宮内
石質は,古くにシャールスタインといわれていた海底溶岩であり,模式他のシャールスタインとは全く違う石なので,最近は緑色岩類といわれている。表面には緑色のコケが生育して,なかなか風情がある。石の地の部分が紫色であり,白い鉱物が入っているのを見ることができる。この石は京都の北山地域,特に周山の付近に大きく露出している。
出世石<登天石のすぐ横>
石は下半分が白色で花崗岩であり,上半分が緑色をしている。その境は石をけさがけに斜めに通っていて,境はシャープな線である。上半分は煌斑岩で岩脈起源と推察できる。
魔王石
東山区東福寺内<石質不明>
車石<輪形地蔵>
<石質は花崗岩が多い>
義朝駒飛石
石そのものは,全体として珪質頁岩であり,観音寺の下の崖もこれを主体としたチャートの団塊を含んでいる地層である。義朝駒飛石もやはり同じものと思われる。
これは,丹波帯の一部であるから,古生界で付加帯の一部であろう。