大津市桐生へ地学ハイキング(2002.5.12)


昨夏以来の地学ハイキングに参加。いつものように,益富地学会館のスタッフのお世話により,滋賀県大津市桐生にある水晶谷珪石鉱山跡に行ってきました。館報5月号には,次のようにありました。

桐生地域はペグマタイト鉱物で有名な田上山の北方にあたる花崗岩地帯で,木内石亭の雲根志にも白石谷の名で出てくる古くから知られたところです。
桐生水晶谷には珪石採掘跡があり,輝水鉛鉱やモリブデン鉛鉱などの産出で知られています。現在では以前のように簡単にこれらの鉱物を採集することは困難ですが,鉱物採集や鉱物鑑定の訓練にはもってこいです。また近くの谷川ではパンニング(椀掛け)してみるのも楽しいと思います。

輝水鉛鉱もモリブデン鉛鉱も結晶がはっきりしていればきれいでしょうが,「採集することは困難」だそうなので,根気無し知識無しのボクにはムリということです。でも,そんなのが採れなくても,宝探しを楽しむのもいいでしょう。また,少しまわりの山を散歩するのもいいでしょう。

草津駅からバスに乗って30分ほど。野外活動施設「若人の広場」から,林道を進みます。すぐにオランダ堰堤が見えてきます。

オランダえん堤

昔,この一体の森はヒノキの美林であったが奈良時代から平安時代にかけて,寺院・仏閣の造営に大量の材木が奈良・京都に伐り出された。
このため,山は荒れ禿げ山になり,明治に至るまで大洪水がたびたび起こり,下流の人々に大きな被害を及ぼし続けた。
そこで政府は,明治6年「淀川水源砂防法」を制定,淀川水系の治山治水工事に着手し,オランダから砂防工事の技術者ヨハネスデレーケ氏を招いた。
ここに現存するえん堤は,明治22年同氏の指導の下に作られた割石積えん堤で,わが国最古のものと言われている。
なぜ,100年以上もたった現在もなおその機能を発揮し続けているのだろうか。
その理由としては,水裏(下流側)の放水路面がアーチ型になっており,中央に水を集めることで,両袖部が削られにくい構造であることや,えん堤下流面を階段積み(鎧積み)にすることで,流水が階段面に当たって衝撃を和らげ,水叩部の洗掘を防止する構造であることなどが考えられる。
現在もなおその効力を発揮している巧みな構造技術であり,生きた遺跡ともいわれ,日本の産業遺跡300選に選定されている。

J.de.Rijke 0842-0913

  
オランダ堰堤とJ.de.Rijke像 逆さ観音
オランダ堰堤とJ.de.Rijke像
逆さ観音

さらに進むと,今度は逆さ観音です。味気ない林道歩きだと思っていたのですが,道の両側にはツツジやタニウツギが咲きみだれている上に,所々にこのような観光スポット?もあります。しかも,この付近はオリエンテーリングのパーマネントコースがあるようで,白赤のOLポストもあります。また,逆さ観音から少し先には,第二名神の工事現場もあります。

逆さ観音

磨崖仏(逆さ観音)の前を通る遊歩道は現在人々の憩いの場となっていますが,かつてはヒノキの大木が茂る田上山の一角だったのです。
しかし,持統天皇の藤原京,続く7代70余年の都として栄えた平城京の南都7大寺等の建設のために悉く伐採されて,約1000年後には一大禿げ山となってしまいました。
金勝山に建っている「金勝寺」は,聖武天皇の勅願により国家鎮護の祈願寺として良弁僧都が建立したものです。
この道は,金勝寺への横参道として作られ,所々の大岩には磨崖仏が彫られています。
この「逆さ観音」もその一つで,鎌倉時代の初め頃に作られたものであり,同時に金勝寺への「道標」になっています。
一番不思議なことは,なぜ逆さになっているのだろうか
次に,なぜ三尊石仏なのに「観音」さんなのかしら
更に,大岩の一端が割り取られているのではないか
の疑問が湧いてくるでしょう。
下は,その上部の山上にあり逆さになっていなかったのです。正しくは「阿弥陀三尊石仏」で,中央が「阿弥陀如来」,左右の侍仏「観音・勢至菩薩」なのです。
大岩の一端は,下流の「オランダ堰堤」築造時(明治22年完成)に石材不足が生じてそれに使われたのです。そのため,後にバランスを失い山上からずり落ちて逆さになったのです。
以来,身を削られ逆さになっても,地元の人々を大洪水から守っていてくださるととうと敬われています。

平成13年12月   滋賀森林管理署

やがて,地形図の268付近に到着。ここからは,南谷林道を離れ,谷道を進みます。すぐ右手には,珪石の貯鉱場跡があります。ここには,石英の塊がたくさんありますが,水晶といえるようなきれいな結晶は見当たりませんでした。

小川を何度か渡り,両側に砂防石垣が見え始めると,珪石採掘場跡はすぐです。採掘場跡にも石垣が何段にもあり,こちらはズリ石止めとなっています。道を見ると,真っ白い石英の塊があちこちにあります。白石谷という名がついているだけのことはあります。しかし,水晶谷という名もありますが,ここにも水晶といえるような結晶はありませんが,ハンマーで割ると割り口の真っ白い石英がきれいです。

益富地学会館の藤原さんのお話によると,ここの石英からモリブデン鉛鉱や泡蒼鉛などが見つかるそうで,その標本も見せてくれました。が,よ〜く目を凝らしてみても,石英に黄色い汚れがついているぐらいにしか見えません。ルーペで見ても代わり映えがしません。う〜ん,これは手におえんなぁ。

泡蒼鉛 Bismutite

光沢のない黄白色の粉末状,土状をなして石英の表面をおおって産す。厚みはないが3×3cmの広がりをもつものがある。今まで「水鉛華」といわれていたもので,X線粉末回析によって同定した。一見,モリブデン鉛鉱と似たものがあるが,泡蒼鉛は冷塩酸で発泡して溶けるので区別される。泡蒼鉛はモリブデン鉛鉱と共出する産状のものがあり,この場合両者は混在することなく常に泡蒼鉛のまわりを囲むようにモリブデン鉛鉱が生じている。泡蒼鉛はビスマス鉱物の変質物であるが,当産地では原鉱物は認められていない。しかし稀に長柱状に伸長した輪郭を示す泡蒼鉛があり,原鉱物が輝蒼鉛鉱であった可能性を示唆している。

モリブデン鉛鉱 Wulfenite

石英の割れ目に薄い皮殻状又は微細な結晶群をなして産す。色は淡黄色,黄色,橙黄色にして無色透明に近いものもある。泡蒼鉛と共出する場合は,常に泡蒼鉛を取りまいて晶出している。ともに黄色味を帯びるが,泡蒼鉛の無光沢白味の強いのに比べ,モリブデン鉛鉱はチカチカときらめいたり樹脂状の光沢を放つ。結晶部分を鏡下で観察すれば,三角形の錐面の発達する結晶形を呈するものが多い。

  
石英 モリブデン鉛鉱(矢印)と泡蒼鉛
石英
モリブデン鉛鉱(矢印)と泡蒼鉛

上の方には石英の露頭と坑道があります。坑道は水に浸かっているのでは入れません。説明を聞いたあとは,皆さん,早速ハンマーを振るっています。が,見つけたところであんな黄色い汚れでは,ハンマーを振るう気にもなりません。坑道や露頭を見学し,もう少し先を探検してみます。

  
奇岩その1 奇岩その2
奇岩その1
奇岩その2

水晶谷は,耳岩や天狗岩のある尾根に続いているようですが,どれぐらい時間がかかるかわかりません。でも,せめて尾根にまでは出てみたいものです。谷を登りつめると,支尾根に出ます。ここには,キャンプ場からも登ってくるルートがあるようで,この時も5人に中年ハイカーが登ってきました。ここには大岩があり,その向こうには琵琶湖や比叡山が見えます。鶏冠山からの尾根を見ると,所々に大岩や岩場が見えます。しかも,その大岩の形がおもしろい。今にも倒れそうな大岩,今にもずり落ちそうな大岩。風化した花崗岩地帯だからでしょうか。

採掘場跡に戻り,ランチタイム。その後は,小川でパンニングです。磁鉄鉱が採れるそうです。パンニングをしているのですが,磁鉄鉱なら磁石にくっつくはずです。手持ちの磁石を小川の砂につっこむと,磁石に着いてくるものがあります。8面体のきれいな結晶ではありませんが,磁鉄鉱です。な〜んや,パンニングする必要なんてないやんとも思いましたが,磁鉄鉱を採るのが目的ではありません。パンニングの練習にはいいのでしょう。参加者の中には,入れ物一面に磁鉄鉱を採っている人がいました。パンニングの名手です。

  
坑道 パンニング中
坑道
パンニング中

結局,輝水鉛鉱も見つかりませんでしたが,久しぶりにのんびりと山を楽しみました。夏を思わせる陽気でしたが,採掘場後付近はうっそうとした木立に囲まれていたので,いい気持ちでした。何も採集はできませんでしたが,たまにはこんな山行きも楽しいものです。


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