スコアOLもナゾ多し 再度公園OL大会(2001.9.23)
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スコアOLって?
今回は,OLでは珍しいスコアOLです。スコアOLといえば,OLを始めた頃に出た神鍋の大会と奈良県の大会です。あの時のスコアOLのイメージは,初心者向きのポスト設置で走りまくるって感じでした。ポイントを探すことはほとんどなく,走力勝負でした。そんなイージーなイメージのあるスコアOLですが,今回の再度公園OL大会はどうなのでしょう。
会場の再度公園は六甲山系にあり,三ノ宮駅からバスで30分という近さです。公園には外人墓地が隣接し,ボート遊びのできる池もあります。この日も,たくさんの家族連れやグループが,公園にやってきていました。さわやかな秋晴れの下,豊かな自然を大いに楽しめたことでしょう。
神戸市立外人墓地(Kobe Municipal Foreign Cemetery)
神戸の外人墓地の歴史は,兵庫開港に先立つ慶応3年(1887年)5月の欧米外交団と日本政府との合意調印に始まります。その年のクリスマスに,当時外国人の居住していた地域に隣接する現在のニューポートホテル付近にあたる生田川尻,小野道(現在の中央区浜辺通り付近)で最初の埋葬が行われました。翌明治元年(1868年)元旦に兵庫の港が外国貿易のため,公式に開かれ,外国人居留地が設けられました。その後,明治31年(1898年)に小野浜墓地は一杯になり,翌年閉鎖され,青谷付近の春日野,現在の中央区篭池通4丁目(旧上春日野町)に外国人墓地が設けられました。昭和5年(1930年)に至り,現在の修法ヶ原に外国人墓地を移転する提案がなされますが,昭和13年(1938年)7月5日の阪神大水害や第二次世界大戦をはさみ,昭和27年(1952年)5月から8月にかけて,小野浜墓地666基をはじめ,歴史的記念碑や樹木が移されました。昭和29年(1954年)5月には春日野墓地が閉鎖され,昭和35年(1960年)10月に修法ヶ原への移転がはじまり,1406基の移転が完了する昭和36年(1961年)10月に現在の墓地の開園式が行われ,現在に至っています。なお,春日野墓地移転にあたっては28基の墓が横浜など神戸以外の土地へ移されています。
現在,この墓地には,明治以来日本とかかわりをもった外国人やその日本人妻など約2500柱が埋葬されています。そして,初代神戸港長ジャン・マーシャルや日本の海運界に貢献したワシントン・ピッケルをはじめ,神戸の洋菓子の礎をつくったFDモロゾフ,フロインドリーブ,ハインリッヒ,私学振興に尽くしたタルカット・バランス,日本で最初の革靴をつくったといわれるH・ハイト・ケンペルなど多くの著名人も異国での眠りについています。
概要 面積約14ha 慰霊碑等5基 埋葬国数56ヶ国 宗教数20余
勇士の慰霊塔
この像は,第一次世界大戦のとき阪神間に住んでいた,英国人及び仏国人が祖国のために出征し,戦死された19名の慰霊碑であります。
なお,この像は神戸外人団体により出征勇士の慰霊のため1921年(大正10年)8月,春日野墓地に建てられたものを1961年(昭和36年)ここに移設したものです。
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さて,再度公園OL大会です。夏にお世話になった岸和田OLCのみなさんも参加されています。学生の参加も多く,にぎやかな大会です。スコアOL大会とはいえ,これは今までのスコアOL大会とは少し違う雰囲気です。
散り散りバラバラのスタート
スタート!ポイントOLとは違い,一斉スタートです。でもおもしろいのは,スタート地点を中心にOLerが四方八方に散らばっていくことです。こんなスタートって,スコアOLだけですよね。一番近くのポストである57に向かうのはボク一人のようです。やっぱりポストの選択って,何か基準があるのでしょうか。ナゾです。
早速,57をゲット。うれしいねぇ。どんなポストでも,ゲットできればうれしい。スコアOLはポストが多いので,それだけ楽しみが多いというものですが,今回はそうは簡単ではありません。地図を見ると,30ものポストが広範囲に散らばり,しかも,ポストの設置場所がややこしそうです。ただ,道を走っていれば見つかるというものではありません。ポイントOLと同じです。こりゃあ,マイッタなぁ。
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とりあえずは,304を目指します。砂防ダムの横を下り,広場に着きます。ここから小道,さらに尾根をヤブ漕ぎのようです。ボクにとっては,このポストは難関です。いきなり,小道からの尾根がわからずウロウロ。結局,手前の小道だろうというので,さらに登り,らしい尾根を発見。見上げると,道らしいものはありません。仕方がないので,ヤブに突入。バキバキという音をたてながら尾根を登りますが,上の方でもバキバキという音がします。他のOLerもこのヤブに突入しているのでしょう。左手に炭焼き釜跡を発見。304のポストはその中にありました。オオ〜ッ!感激です。むずかしいだろうと思っていたポストを見つけることができると,さらに感激です。少し後に,先ほどのOLerが到着。
ここからは,55を目指します。道走りなので,ひたすら走るだけ。池の上に出ると,55のポストは丸見え。やれやれ,今回は楽勝ポストでした。が,ここで,112のポストを見落としていました。再び,来た道を引き返します。少し引き返すと,らしい所へ。が,どの谷かわかりません。らしい尾根を登り,下を見ますが,ありません。いくつかの尾根を上ったり下りたり。ついに右手下の谷に112のポストを発見。この調子だと,1時間半の制限時間内には5〜6個のポストしか見つけられそうにありません。この30ものポストを制限時間内に回る人はいるのでしょうか。
いきなりの大前転
次の56へは,尾根を越えます。こちらは遊歩道を利用するので楽勝に思えましたが,そうはいきません。らしい所に着いても,ポストが見つかりません。おっかしいなぁ〜と思い,地図を見ながら歩いていると,木の根につまずき大前転。メガネは飛ぶし,うでにすり傷を作るしで,たまりません。OLでは地図を見たり,周りを見たりしているので,足元を見ずコケることが多いのですが,他のOLerのみなさんはどうなのでしょう。
もう56はあきらめて次の303へ。こちらは難しそうです。遊歩道の最高点から谷に降り,湧水点から尾根に登ります。これは見事ヒット。狙い通り,尾根の上に303のポストがありました。こりゃあもう感激です。
気分はすっかりポイントOL
次は,近くの207です。が,これが今日一番の難関でした。結果的には小川沿いにどんどん下れば,ポストは見えていたようですが,距離感がわからず手前の尾根や谷をウロウロ。先ほどの303のポストに登ってしまったりで,完全に迷走状態です。仕方がないので,小川の北の斜面を横切りながら進む今年にしました。これだと,上から谷を見ることができるので,ポストを見つけやすいでしょう。どんどん斜面を進むと,ついに207を発見。先ほどの小川はすぐそこです。やっぱり距離感は大切です。
次は110です。番号がいいですね,110番だって。もうこの時のボクの気分は,119番です。少し下ったところで,左手の谷に入りますが,?です。さらに登るものの,やはり?です。獣道を伝って斜面を横切っていると前からOLerが登場。もっと向こうじゃないかというので引き返していると,墓地へ出てしまい,万事休す。人を頼りにするのはOLのルール違反ですよね。再び来た道を引き返していると,頭上でガリッ!という音。イッテェ〜!木の枝で頭を打ってしまいました。先ほどの大前転といい,今日はもう,踏んだりけったりです。地図を見ると,110のポストの上には,墓地からの尾根があります。こうなれば,墓地からの尾根を下るしかありません。
墓地の管理事務所の裏に出て,尾根道を進みます。右手には谷らしきものが広がっていますが,あたりは植林帯でポストなんて見えません。らしい所で,谷に向けて突入です。道らしいものはありません。地図では歩行可能ということになっていますが,これで歩行可能ならすべて歩行可能になりそうです。谷らしいところをウロウロするもののポストはいずこへ?地図を見ると,もっと下の方です。ポスト付近は白色なので植林帯の外れなのでしょう。さらに谷を下っていると,あった!110のポストを発見!やれやれです。でも,これ以上は無理です。時間切れです。
墓地に登って,遊歩道を帰ることにしました。墓地に出ると,墓参りの人が驚いたような顔でこちらを見ています。無理もありません。汗だくで,服はどろどろ,腕にはすり傷,そんな輩がヤブから出てきたのですから,射殺されなかっただけでもマシというもの。後は,遊歩道をダラダラ歩いてゴールイン。
今回は,スコアOLということでしたが,その実は,自主選択制ポイントOLという感じでした。あの30ものポストを回った人はいるのでしょうか。せっかく設置したポストをすぐに撤去してしまうのはもったいない気がします。ボクなら,あれだけのポストがあれば,3日間は十分にかかります。それだけOLの練習ができるというものです。それにしても,あれだけのポストを設置された主催者には驚いてしまいます。ポイントOLでも,何種類ものポストを設置するんだから同じようなものなのかもしれませんが,あんなややこしい地点を地図で特定できること自体,ボクにとっては驚異です。やはり,OLは奥が深い。
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再度山へ
再度公園に来たついでに,帰りは再度山に記念登頂をすることにしました。修法ヶ原池の南から再度越へ。太師道への登り口から再度山に登ることにします。太師堂の裏から九十九折りの道を登ると,再度山山頂です。山頂にはプレートがいくつかかかっています。そのプレートによると,この再度山は「神戸富士」と呼ばれているそうです。初耳です。でも,このことを知っている神戸市民は,何人いることでしょう。下山は,西の尾根から下ることにします。こちらも九十九折りの道もあり,とてもじゃないがMTBに乗って下ることはできません。
再び,大師堂との分岐に戻ると,ボクに道を聞いてくる人がいます。ボクも初めての道なのではっきりしたことはわかりませんが,道標に従って下る道を選択。同じ元町方面だということで,市街地までご一緒することにしました。道は道標がしっかりしているので迷いそうにありませんし,ハイカーも絶えることがありません。オシャベリをしながら下っていると,前からはMTBに乗って登ってくる人もいます。六甲山系は,まだMTBが禁止されていないようです。
ご一緒したハイカーは,11月の六甲山縦走にそなえて,試歩?をしに来たそうです。今日は,西の端の菊水山からこの再度公園まででダウン。足がつってしまったそうです。これでは,六甲縦走ができるか心配だとか。前半がキツイということは聞いていましたが,その通りのようです。
結局,再度公園から1時間ほどで市街地へ。ご一緒したハイカーと別れ,元町駅へ。それにしても,今日は散々な一日でした。ポストはわからないし,大前転はするし,頭にもすり傷をするし。でも,さわやかな秋晴れの下で,OLを楽しむことができたので,メデタシ,メデタシ。