第7回大阪ショー 石ふしぎ大発見展 (2001.4.28〜30)

特別展示「石の薬のふしぎ」  テーマ展示「水銀系和漢薬の歴史と文化」   主催:財団法人益富地学会館


  
案内状 石ふしぎ大発見展会場
案内状
石ふしぎ大発見展会場

毎春恒例の「石ふしぎ大発見展−大阪ショー−」ですが,今回が初めての参加です。秋の京都ショーには,何回か行ったことがあるのですが。会場は京阪と地下鉄の天満橋駅すぐ近く。交通の便がとてもいいところです。

残念なことは,展示場がさほど広くなく,たくさんの参加者もあったので,大混雑だったことです。でも,いつものことながら,日本中はもちろん,海外からもたくさんの石屋さんが出店していました。そして,これもいつものことながら,多くの人が「札束収集」にも精を出していました。

講演会場もあまり広くはありませんでしたが,逆に講師の肉声がはっきりと聞こえ,わかりやすかったです。講演は,煉丹術の歴史を中心に話をされていました。歴史の知識がないボクにとっては,わかりにくいところもあったのですが,丹=水銀に魅せられた人たちによって煉丹術が始まり,それは西洋でいえば「錬金術」にあたるというところは,東西を問わず,人間の発想のおもしろさというものを感じました。また,その煉丹術から,化学が発達したというのも興味深い話でした。


講演 石薬幻想 −中国古代の煉丹術と丹薬の変遷−

     中西信一(日本地学研究会・水銀文化研究会代表世話役)

<神仙薬の探究から煉丹術へ>

古代の中国では治療を目的とする一般薬の他に,不老長生をもたらすとされる特別な「霊薬」の存在が信じられていました。これは古い時代から根強くあった神仙への幻想から発生したもので,史書には漢代以前の周や秦の歴代の王さまたちが海上や遠国の理想郷に不死の妙薬を探させた逸話が数多く残っています。このうち秦の始皇帝が蓬莱島へ派遣したという徐福の例は有名です。

彼ら方士たちの「尋仙探薬」活動はことごとく失敗しましたが,天然の長寿薬材(動植鉱物)の採取加工からの薬効知識は本草学という成果を生み出しました。漢の時代(西暦1世紀初頭)に成立した『神農本草経』には365種の天然薬材が紹介されており,そのうちには鉱物が45種も含まれています。

そして効き目の著しい鉱物薬だけを特に選び,人為的に加工して霊薬を作り出そうとする試みも一部では盛んに行われました。これが「煉丹術」と呼ばれる原始的魔術的な化学で,黄金も作り出そうとした錬金術と同じく,鉱石や金属の精錬治金技術の蓄積が医薬方面へ応用されものでした。

<丹への憧れ>

煉丹術の“煉”とは火力による物質の変性,“丹”とは得られる人造品の総称で丹砂への伝統的な信仰に由来します。中国では先史時代から心霊崇拝を受けて,血紅色の丹砂(天然の硫化水銀)が死と再生を象徴する物質だと考えられていました。紀元前15世紀頃の殷代すでに儀礼の場で丹砂が顔料や染料として特に尊重されていたことは考古学的遺物にも明らかです。周代の末には不老長生を願って丹砂を酒や蜜に混ぜて飲むことも行われました。

丹砂そのものは内服しても人体に吸収されず薬理効果はないのですが,丹砂を精錬して得られる水銀に殺菌防腐作用があることも早くから知られていました。『周禮/蕩医』には「できものは五毒で攻める」とあり,水銀や砒素等の毒素を含む化合物を外科治療に用いていた例とされます。『史記』には秦の始皇帝の陵墓に水銀が大量に埋蔵されたとあり,現在の調査でも水銀濃度が周辺より高いことが報告されています。

また水銀は唯一の液体金属で神秘的なものとされ,金銀その他多くの金属とも容易に溶け合って合金(アマルガム)を作ることから物質変成のための基礎物質と位置づけられ,丹砂とともに崇拝されたのでした。

<煉丹術の思想と興亡>

煉丹術は宇宙の秩序と大自然の造化作用を人為的に縮小して模倣する行為でもありました。煉丹家たちは,炉の操作によって反応時間は短縮され天地の精気は凝縮(結晶化)され,この霊薬を人体に取り込めば不老不死となると考えたのでした。また各種の鉱物を練成して得られる人造の金や丹薬の方が,天然の産物よりもはるかに効果や威力があるとしました。

こうして煉丹作業は精神修養の場の術ともなり,易や陰陽五行説などの神秘思想や民間宗教と結びついて次第に複雑な体系を生み,徹底的な秘密主義によって門外不出とされました。2世紀の『周易参同契』や,4世紀の『抱朴子』といった煉丹術の有名な著作には古代化学と神仙思想と養生学が渾然一体となった記述が見て取れ,道教思想の聖典ともされています。

漢代にはじまり随〜唐の時代に渡って数知れない煉丹の徒が輩出し,王侯貴族たちの熱望と庇護のもとに,小宇宙に見立てたかまどのそばで毒ガスにまみれながら実験を操作を繰り返しては物質の精錬に励み,無数の薬品と効能,器具や装置,反応条件や方法を見いだしました。彼らは常に水銀,砒素,鉛などの無機化合物のみからなる内服薬の製造を目指しましたが,これらは全て毒・劇物であり当初の「不死の薬」という思惑に反して数多くの中毒事故が起こりました。

唐代には歴代帝王22人のうち金丹服用で6人が死亡した史実があり,やがては煉丹家からも社会からも「不死」をもたらす霊薬は有名無実の幻想だと批判・否定され,宋代以降は毒性鉱物由来の激烈な薬剤の使用は外科用以外ではすたれるようになりました。その後も中国の煉丹術は道教の神秘思想と影響し合って,呼吸や瞑想あるいは気功といった心理的な長生術を確立させ,明〜清の時代を通じていわゆる「内丹」法として発展していきました。

さて,唐宋当時の日本は外来文化の摂取に熱心で,これら丹薬の存在も知識階級は知っていたはずですが服用する習慣はさすがに流行しませんでした。ただし日本での丹薬製造は外用としての塩化水銀(軽紛/伊勢おしろい)のみが伝世しています。これは零細な規模ながら昭和時代まで続きました。その他漢方処方いわゆる一般の和漢薬での鉱物は各種生薬の添加物とされる存在に留まり,かつての名声にあやかって「○○丹」という名称を残すのみとなりました。丹砂配合薬もありましたが大正期に禁止され,丸剤の衣の色付けも昭和中期には消えました。

現在ではかつての不老長生の霊薬幻想や鉱物薬の全盛期に思いを巡らせることは困難ですが,煉丹術士たちの活躍と東西交流は各方面に多大な貢献を果たし,まぎれもなく近代科学の誕生を準備したのだといえます。

今回の展示では石薬の他にも水銀を含む鉱物を多数そろえました。いにしえの煉丹家たちを魅了した「多彩な色や輝きを放つ丹薬」とはこうった物質であったでしょう。石の不思議から古代のロマンを想像してみることも楽しいと思います。

  
丹薬? 丹薬
  
辰砂 鉛丹
辰砂
鉛丹


第13回
「石ふしぎ大発見展<京都ショー>」

 開催日:2001年10月6日(土)〜8日(月・祝)

 会場:京都市岡崎勧業館「みやこめっせ」地下1階第1展示場

 ★鉱物・化石・宝石・銘石の展示即売,特別展示,講演会,楽しいイベント

 ★詳しいお問い合せは下記まで
  財団法人益富地学会館   〒602-8012京都市上京区出水通烏丸西入ル
  рO75―441―3280   FAX075―441―6897   E-mail masutomi@eos.ocn.ne.jp 


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